地上最強の空手、極真会館

かつては、「我らの流派こそは地上最強の格闘技である!!」と宣言した空手流派があった。
フルコンタクト空手の祖、極真会館である。

極真会館の館長故大山 倍達(おおやま ますたつ)氏は、「世界の格闘技の中で、一番強いのは空手だよ。 空手の中で一番強いのは極真だよ!」 と発言し、「空手バカ一代」や著書、映画などで「最強」をアピールしていた。

牛殺しの大山、熊殺しのウィリーウィリアムス。ケンカ十段、芦原英幸、ムエタイとの死闘などエキサイティングな話題に事欠かなかった極真会館は一時期の日本の格闘技界の中心的存在だった。

熊殺しのウィリーウィリアムス

極真会館には最強を信じた屈強な若者が集まり常識を超えた修業をしていたこともあり、当時はかなり戦闘力の高い格闘技団体だっと思われる。空手バカ一代やブルースリーによる格闘技ブームが起こっていた頃、道場は大量の入門者であふれ、猛稽古により数ヵ月後には100人に1人しか残らない、というような状況だったようだ。

不良たちの間では、「極真をやっている」という言葉はステータスだった。道場に通っていると言うだけで一目おかれたものである。「極真」という言葉には威力があった。本物、最強、そんなイメージを当時は多くの人が持っていた。

極真はケンカ空手である。喧嘩に勝つことを常に意識して稽古していたし、私が在籍していた時も指導者はよく喧嘩を例に出して話をしていた。

「このへんじゃ、大体3分で警察が来ちゃうからね、素早く叩きのめして逃げなきゃダメだよ」
「押忍!!」

「稽古してんだから一般人に負けるわけないんだよ。負けてきたら許さない。緊張したりビビるからイケないんだ。軽くビールでもひっかけて喧嘩してみな。リラックスしてよく動けるから(笑)」

なんて調子だった。

 

極真会館の大山倍達館長も生前、ケンカについてもいろいろと発言していた。

「たてまえではいろいろあるよね。心身を強くするために空手を始めたと。 それはたてまえであって 本当はケンカに強くなりたいんだよ。 ケンカに強くなリたいやつが 早いし強い」
「極真は背中を見せない。売ってくるケンカは必ず買う」
「君たちケンカを売ってきたら買え。それくらいの覇気がなければ空手を辞めてしまえ」
「道端で靴を踏んだ。肩が触れたら、君たちが頭を下げればいいよ。頭を下げてケンカを売ってくる人はいないよ。もしケンカを売ってきたらのばしてしまえ。何のために空手をやっているんだ」

ビデオのタイトルをここに入力します

※極真空手総裁 大山倍達館長講話。ケンカを売られたら買え!!

 

現在の極真空手は、手による顔面攻撃を禁じているため、組手を見ていると、顔面をがら空きにして押し相撲のようなスタイルで攻撃し合う。ネットでは、我慢組手、腹叩き空手などと揶揄されている。

大会ルールに合わせた稽古体系によって、現実の格闘というよちも極真ルール内の大会での最強を目指す方向に落ち着いたようだ。(極真館などでは顔面攻撃を取り入れた大会ルールとなっている)

しかし、極真空手をマスターした人間は実践でも相当の強さを持っているのは間違いない。実際の体験談だが、極真空手の黒帯の友人が10人以上の不良に絡まれた際、ローキックを中心にあっというまに叩きのめしてしまったのをこの目で見た。後半は相手がビビって逃げてしまったので、実際は5.6人を倒したところで終了したが。

その友人はその時、初段。俺なんて極真の全日本大会にも出られないレベルだよ、と本人が言っていた。
それでもこの実力である。ケンカは本人の度胸やカン、性格、などの資質も大きくものを言うので、一概には言えないが、その時のすさまじいローキックはまぎれもなく極真で身につけたものだ。

極真会館は大山総裁が亡くなった後、分裂を繰り返し、15以上の分派にわかれてしまった。かつての高弟も独立し流派を興すなどちりじりばらばらになった極真会館では、もはや地上最強である。という人はいない。

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